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2007年12月3日月曜日

Supernaturalな忘年会:その2

忘年会続きです。っていうか、前回は全然本題に入れていませんでした。*g*

といっても、お酒も少々(?)入った-主に私とお兄さんだけ…ビール、マッコリ(甕で頼んだのをほぼお兄さんと私の二人だけで飲み干しました)、黒豆マッコリをグラスで一杯ずつ、日本酒(お兄さん)、赤ワイン(私)-忘年会で、話もあっちへ飛んだりこっちへ飛んだりだったので、順不同になると思いますが、頭に残った、これ、というエピソードだけをほんの少しだけ取り上げてみたいと思います。


【パワーストーンって】

少しお酒が入って場がくつろいで来た時、ついになにかが見えてきたらしいお兄さんは、私に向かって

「なにか腕につけてる?」

実は最近、母がパワーストーンにはまっていまして(…)、水晶だとか、アメジストだとか、オニキスだとかっていう、綺麗でキラキラする石をブレスレットにしたりして売っている店に連れていかれ、「こういう石は、自分を守ってくれたりするんだから」と強要されて、「ま、綺麗だし、ほとんどアクセサリーなんかも持ってないしね」なんて思いつつ、水晶とアメジストの粒でできたブレスレットを買い、外出する時にはつけるようにしていたのです。

「これですか?」

とセーターの手首をまくってブレスレットを見せると、お兄さんは眩しそうに目を細めて、

「それだ。お姉ちゃんとお母さんを結ぶようにして光線が繋がってるのがみえたんだ。お母さんが石をつけてるのは知ってたけど(母は様々なパワーストーンのブレスレットを三重に腕に巻いてます)、お姉ちゃんもつけてたんだな。ちょっと貸して」

私のブレスレットを手に取り両手に挟んだお兄さんは、「あ痛たっ。これ、かなり痛みが入っちゃってるね」

私は持病で身体に痛みがあり、愛知県にいる間はだいぶ楽になっていたのですが、関東に帰ってきてまた身体の痛みがぶり返したような気がしていました。
(完全に年寄りみたいですが…)急に寒くなってきたし、気候のせいでまた身体が痛いのかと思っていたのですが、

「お姉ちゃんには水晶は強すぎるんだ。お母さんは本人も強いし、お父さんがしっかりくっついて守ってるから、水晶も支配下に置けるんだけど、お姉ちゃんの場合は石の方が強くなっちゃってるから、身体の痛みが出ちゃうんだよ。こういう石をつける場合は、自分より弱くて自分の支配下における石をつけとくと、危ない目に遭いそうになった時に、石がそれを引き受けて(ブレスレットが切れたりするのだそう)くれるんだけどね。俺も石の名前なんてよく知らないんだけど、お姉ちゃんだったら、黒い…オニキスっていうんだっけ?あの石なら大丈夫…アメジストだけっていうのもありだけど、お姉ちゃんがつけると”お水”っぽくなっちゃうから」

お兄さんによると、パワーストーンなんて言われている石というのは、本当にパワーを持っているのだそうで、「ブレスレットならまだしも、俺は絶対首に巻く気にはなれない。だって首絞められてるような気がしちゃうよ」とのこと。

結局私の水晶&アメジストの綺麗なブレスレットは、(強い)母に渡すことになりました…。
ブレスレットに入っちゃった私の痛みはどうするの?と聞くと、「これは粗塩で揉めば浄化できるから」だそうです。

パワーストーンのアクセサリーはなるべくならそういった石の扱いが分かってる(力のある)人が作ったものを手に入れるべきだとも言っていました。



【忘年会、やっぱりお父さんも参加してました】

パワーストーンをきっかけに、亡き父がお母さんをしっかり守ってる、なんていう話が出ると、

「お父さん、今日もいるよ。今はお母さんの肩のところにいる、あ、今、お姉ちゃんと(上の妹)の間に行って二人の肩に手を乗っけてる」

なんていうお兄さんに、私たち三姉妹と向かい合う形でお兄さんと並んで座っていた母が、

「(父が手を置いているという)お姉ちゃんたちの肩、あんなに下がってる!」と目を丸くし、父がまた母のところに戻ると「あ、肩の高さが戻った!」なんて騒いでいました。
(私としては、肩が下がっている感覚も、なにかが肩に乗っている感触も全くありませんでしたが)

一見、女4人とお兄さん一人の忘年会のように見えて、やっぱり父も参加していたのです。
その後話が弾んでくると、お兄さんは「お父さんの爆笑で耳が痛い…」なんて耳を押さえたり、私たちは写真でしか知らない若くして亡くなった父方のお祖母ちゃんの話題を出して、「余計なこと言うなって、(お祖母ちゃんに)腰を蹴られた」とか、忘年会のメンバーはどんどん増えていくようなのでした。



【超能力FBI捜査官?】

「これ…、はっきり言わない方がいいのかな、お父さんが、お姉ちゃんに『ごめん』って言ってるんだよね…」

父に謝られるようなことはなにも思い当たらず私がキョトンとしていると、母が、

「就職が決まった時のことじゃない?県外に就職が決まりそうだったのに、お父さんが絶対駄目だって譲らなくて、お姉ちゃん、結局帰ってきて就職したから…」

大学進学で県外に出る時にも、かなりの渋りようだった父は、いざ就職となった時「とにかく家から通えるところじゃなければ駄目だ!」の一点張りだったのです。

「うん。お父さん、とにかく娘が可愛くて可愛くて、もう限界だったんだよ」とお兄さん。

「大学の時だって、神奈川県警から電話が来たりして、すごく心配したことがあったんだから!」なんていう母の言葉に、「え?そんなことあったっけ?」なんてビックリした私。

実は、アパートに不審者が侵入した、という事件があったのです。それが警察沙汰になって、警察から実家にまで連絡が行っていたなんて、(その時は聞いていたのかもしれませんが)私はすっかり忘れていました。

隣の部屋に住んでいる友達のところにほんの5分のつもりで出かけ、玄関の鍵はかけたものの、(夏場のことで)3箇所ある窓の内、一箇所をわずかに開けたまま部屋を出てしまい、そのままうっかり2時間ほど友達のところに居座って、本か何かを取りにいってくるね、と部屋に戻ると、部屋の真ん中に脱いだ靴を手に持った男が立っていたのに遭遇!

私の悲鳴で、一緒に遊んでいた友達(友達、ゴキブリでも出たんだと思った!って言ってたな…)が駆けつけたのを目にした男は窓から飛び降りて逃げて行きました。
で、警察を呼び、その後、近くのパトロールを強化する、と請け負ってもらったりしたのでした。
その他にも、実はこれは両親には知らせていなかったのですが、早朝ベランダで物音がする、とカーテンを開けてみると、ベランダに男がいた、なんていうこともありました。

そんなことを話していると、

「緑の金網みたいなフェンス、そいつ、そこからずーっと見てたんだ、いつ入ろうかってずっと考えてた。あそことあそこを伝って2階に上がれる、とか色々…。その日も、部屋を出て行くのを見てて、下着でも盗ろうとついに入り込んだんだ。足跡が残らないように靴を脱ぐべきかもしばらく考えてた」って…。

完全に学生時代に私が住んでたアパートの外に立って、しかも犯人の目線で見えてるじゃない!

お、お兄さん!アリソンなの?ジョニー・スミス?サミー・ウィンチェスター??

女の子が一人で住んでいると分かっているアパートは、結構同じような被害に遭ってるところが多く、何度も引っ越してるクラスメートもいました。
のん気なO型で、「喉もと過ぎれば熱さ忘れる」の典型みたいな私は、結局実害がなかったこともあって、4年間その場に住んでいたのですが(今考えるとすごい神経です…)、お兄さんのそんな、当時の犯人の心境の実況中継を聞かされるとあらためてぞっとしました。

繰り返し「覗き」の被害に遭っていたあるクラスメートは、入学当時腰まで届くストレートの長い髪をして毎日おしゃれをして通学していたというのに、次第にお化粧っけもなくなって、毎日同じ服を着て学校にくるようになり、最後は警備のしっかりした女子寮に引っ越したものの、ほとんど学校に出てこなくなってしまった、なんていう子もいたんだよね、本当に美人な子だったんだけど…、なんていう話を始めると、

「その子、その頃にはもう完全にノイローゼになっちゃってたもんな。美人っていうより、可愛いっていう感じじゃないか?」

って、お兄さん!もう20年近くも音信不通の私のクラスメートの顔、見えてるの?!



【お兄さんの不思議な目】

そんな風に不思議なものが見えるお兄さんの目は、そうやって不思議なものが見えてる状態の時には「透視」が出来るようになってしまったりするそうで、眼科などで機械で視力を測ってもらう時なんかに、

「機械の中身が見えちゃうんだよ」

で、計測してる人から

「あなたちゃんと見えてる?」

って不思議がられてしまうのだそう。というのも、透視をしている時のお兄さんの瞳孔は、全くものが見えていない状態になっているのだとか。

こういう力って、どんな仕組みで発揮されているのでしょうね。
いつか科学的に測定や、実証が可能になったりするものなのでしょうか。



【One touch, and I can see things, things that happened, things that will happen.】

このフレーズは、「デッドゾーン」をご覧になったことがある方なら、ご存知のとおり、ジョニーがドラマのオープニングで毎回必ず言う言葉です。

いい加減お酒もすすんでいい気分になってきたお兄さん、テーブルの真ん中に右手を差し出して、

「指先から煙が出てるのわかる?」

母や妹達は、口々に「この指」「こっちだよ」なんて言い始めましたが、私にはさっぱり。
お酒を飲むのにうっとおしいと、コンタクトも入れてないからかな、なんてぶつぶつ言ってると、「視力は関係ない」とお兄さん。

結局人差し指と薬指から細い糸のような煙が出ていた(正体不明ですが)ということなのですが、

「俺、お姉ちゃんにはまだ触ってないんだよ」

ん?どういうこと?

「お姉ちゃんには触ってないから、お姉ちゃんについて見えるのは、ほんの最近のことだけなんだ」

え?

「一回触ると、なにか繋がりができて、ぱーっと過去のことから、(時には)未来のことまで見えるようになるんだ」

ええ?!

母や妹達は、ここ数ヶ月の間に車の用事でお兄さんのお店を訪れた時なんかにお兄さんに接触していて、その「繋がり」が出来てるってことらしい…、

ここしばらくお兄さんのところにお手伝いに行ってる上の妹なんか、

「早く帰って欲しい客には、俺がなんにも言わなくてもお茶も出さないもんな」

って、逆にお兄さんの気持ちが少し読めるようになってきてるって、

「(上の妹は)その内、ちょっと見えるようになるかもしれない…」

なんていうことも言ってました。


デッドゾーンのジョニーもよく言ってますけど、この力って誰に触っても必ず見えるというわけではなく、全く見えない人もいるということなのだけれども、我が家の家族はどうもお兄さんとつながりやすいらしいのです。

「お姉ちゃんに触れば、身体の痛いのも取ってやれるんだけど、そうしちゃうと俺、明日も仕事だからなー」

触らなくてさえ、お兄さんの言葉の端々から、どうも母の前では言えないような(色々と後ろ暗い秘密を持っている私で…)ことが見えてしまっているように思えていた私は、「いい!触らなくて!そんな仕事に差障りが出たりすると悪いから」と笑顔で辞退して、結局お兄さんに触らずに帰ってきました。

お兄さんが言うには、私が現在患っているややこしい病気は完全に「心」から来ているもので、私が抱えている根深いストレスやトラウマを完全に吹っ切ることができれば、「治っちゃうんだよ」とのこと。

日頃のん気なくせに変な風に考えすぎちゃう、吹っ切れない性格だから病気になったのであって、そう簡単にはいかないよ!というところもありますが、半ば完治は不可能と思っていた病気が回復しうるものだと知ることができたのは、心の中の前向きの小さな一歩になったかもしれないと思います。

現在辞めている仕事も、「身体のためには、まだ焦って新しい仕事を探したりしないで、逆になにか心から打ち込めることを探して、楽しんだりするのがいい」って。

………、絶対、私が現在心から打ち込んで、楽しんでいるものが見えちゃってたような気がするんだよなー。
かなり恥ずかしいことまで見られてた気がするんだけど。

でも、こういう力を持った人たちが自然に身につける基本マナーなのかもしれませんが、絶対に見えたものの全てをみんなの前で言ったりはしませんよね。

その場で口にしていいことと、いけないことを本能的にきっちりとわきまえて、常に意識して暮らしているのだと強く感じました。


☆


以上は、忘年会での(主に私に関わる)不思議な話のほんの一部です。

その他、母と妹達に関してもそれぞれ色々な話はあったのですが、あまりにプライベートすぎる話題になってしまうので、ここでは触れないでおきます。

7時に始まった忘年会、皆で好きなだけ食べ、(お兄さんと私は)飲んで、次々と飛び出すお兄さんの不思議な話に心底驚きながらもとにかく楽しくて、あっという間に時は過ぎ、いざお開きとなった時には、なんと12時になっていました。

あんなにあっという間の5時間は初めてです。

日頃極度の人見知りを自負する私ですが、いくらおじいちゃんの代からの繋がりがある親戚のお兄さんとはいえ、初対面の男性と同席して、完全にくつろいで過ごすことができたのも不思議な感じでした。

お兄さん、すごく楽しかったから、またぜひ次回も開催しよう、なんて言ってくれてるそうなんだけど…、次回会ったら、今度こそ「触られ」てしまいそうで、うーん、どうしようという感じです。

っていうか、次回会って、日記で俺のことバラしたね、なんて言われたらどうしよう。

2007年12月1日土曜日

Supernaturalな忘年会:その1

無職の引きこもり…という私の身分はなんら変わりないものの、実家が近くにある関東に帰ってきて以来、なんだかんだと避けられない用事も発生して、自分で自由に使える時間というものが激減しているように感じてしまいます。

実際は、相変わらずの暇人ではあるのですけど…。

8月の末、『私の周りの「Supernatural」』という日記を書いたのですが、11月の末、ひょんなことから、あのSupernaturalなお兄さんと忘年会をしました。

メンバーは、お兄さんと私の実家の家族(母、妹二人)と私です。

実は現在、上の妹がお兄さんが経営する車屋さんにお手伝いに行っていて、一応職場の忘年会、という形にかこつけて、ということだったのですが、よくよく聞いてみると、母がお兄さんのところで車を買ったのをきっかけに、私も含め、家族全員の車のことをお兄さんに面倒みてもらうようになってから(北関東というところでは、一人一台車を持っているのです)、(亡き)父が度々お兄さんのところに顔を出して、「いつも家族が世話になってるね」って挨拶しているらしく、


「(父に)頭を下げられちゃったりすると、かえって恐縮しちゃって、本当は自分がお線香でもあげに行きたいところなんだけど、まずは皆を忘年会にご招待ということで…」


それに


「夢で、(お兄さんの)じいちゃんが、もとからあの家とは縁があるんだって言いにきて…」


お兄さんは、母のお姉さんの旦那さんの妹の息子ということで、私たちにも一応遠縁にあたるのですが、お兄さんと私たちの祖父の代でも(ちょっとややこしくて詳細は忘れてしまいました…)、縁戚関係があったらしいのです。

母はそのことを知っていましたが、私やお兄さん(私の一学年上であることが分かりました)の世代は、おじいちゃんの代の縁戚関係のことなんか知らず、「じいちゃんはなんのことを言ってるんだろう?」と思っていたのだそうです。

それにしてもウチの亡き父がちょくちょく遊びに行ってるとか、

死んだおじいちゃんが夢の中に「これ教えとく」なんて話しに来るなんて…、

まさに「Medium:アリソン・デュボア」の世界です。


そんなこんなで、お兄さんから家族を忘年会に招待してご馳走したい、と声をかけられた妹は、

「ウチの家族、ものすごく食べますよ。それにお姉ちゃん(私のこと…)は、飲むし」

と正直に申告。

「もちろん招待する以上、遠慮無しに思いっきり食べて、飲んでもらわなきゃ、俺もくつろげないし」

なんて気前よく請け負ってくれたお兄さんに完全に甘える形で、

さらに、亡き父や、お兄さんのおじいちゃんのてこ入れもあって、大変ずうずうしいことに、姓の変わった私まで、家族として一まとめに忘年会に招待され、参加することになったのです。


☆


場所は、実家のある町の韓国料理屋さん。


☆


ここで話はそれますが、ちょっとだけ:

この韓国料理屋さんについては、「食いしん坊」ネタでいつか日記を書きたいと思っていたのですが、私のずっと昔の、とある思い出と奇妙な形で結びついているお店です。


ある時、大学から帰省した私は、地元の友達に誘われて食事に行くことになったのですが…。
友達も先輩に誘われて一度だけ行ったことがあるというそのお店は、5席ほどのカウンターと、その背後の小さな座敷に小さなテーブルが三つくらいあるだけの小さな店でした。

お店に入った私たちを「カウンターにどうぞ」と促してくれた(私の微かな記憶では)美人のおばさんのアクセントは外国人のもので、やはり美人のお姉さんと二人でお店を切り盛りしていたようでした。
背後の小さな座敷では、おじさんが一人小さなカセットコンロで焼肉をつまみにビールかなにかを飲んでいました。

メニューを見てもなんだかよくわからなかった私たちは、「女の子二人が食事に来た」という判断で、奥さんが勧めてくれた(今思えば)チヂミと石焼ビビンバを食べることになりました。

これを告白するとかなり年齢が絞られてしまいますが(ああっ、今まで頑なに伏せてきた年齢がっ。(笑)でも薄々「このくらいだろう…」って思っていた人も多いでしょうね)、約20年前(あーっ)という当時、北関東の田舎町に焼肉屋さんはあっても「韓国料理店」など存在せず、チヂミ、ビビンバなんていう料理の名前も聞いたこともないという状況でした。

現在ではどこの焼肉屋さんでも当たり前のようにでてくる、「石焼」のあの器だってまだなくて、その時の石焼ビビンバは、鉄製の…、あれなんていうんでしょう?昔話とかで、よく囲炉裏にかかってる、吊り手のついた底の丸い鍋、あれのちっちゃい版で出てきました。

私たちの目の前にそれぞれ置かれた、じゅーっと音のしている熱々の小さな鍋には、御飯の上に数種類のナムル、お肉(もあったかな?)、そして半熟の目玉焼きが乗っていました。
当時も変わらず食いしん坊だった私は、初めて見る食べ物に目を輝かせ、スプーンを手に取り「いただきまーす」と食べようとすると、奥さんが

「待って。この御飯は、全部混ぜなきゃいけないの」

といって、私の手からスプーンを取り上げ、彩りよく綺麗に盛られたビビンバを目玉焼きごと豪快に混ぜてくれたのです。


後に社会人になり、韓国の会社への輸出担当になってから、ビビンが「混ぜる」で、バ(本来は破裂音のパ)が「ご飯」という意味なのだと、客先の部長さんから教えてもらった時には、「なるほど!」と思ったものです。
この部長が、またがっしりと逞しい大柄な人で、私の一足早かったたった一人の韓流ブームはまさにこの時が全盛でした(笑)



ごま油の風味と、半熟の黄身と、様々なナムルの味が絡まりあって渾然一体となったビビンバの味はもちろん皆さんご存知でしょうけれども、その時の私にとってはまさにカルチャーショックという感じでした。

「美味しい~」と満面の笑みで食べてる私たちの前に、奥さんが「どうぞ」と出してくれたのは、真っ白なミルクのようなスープ。

「とっても肌にいいのよ」というそのスープは、今時の韓国料理店なら普通に出てくる牛骨のスープですよね。このスープも本当にコクがあってしみじみと美味しいものです。

香ばしく焼けたチヂミももちろん美味しくて、私の初めての韓国料理は最高にいいイメージで心に刻み付けられることになりました。

ところが、その後、残念ながら二度とそのお店に行くことはできなかったのです。

一緒に行った友達に聞いても、どうしてもお店の場所が思い出せないということで、数年後、地元の会社にUターン就職した私は、その友達と一緒に漠然と記憶にある辺りを探しに行ったりもしたのですが、見つからないまま時は過ぎていきました。

10年ほど経った時、別の友達から、「美味しい韓国料理の店があるから行かない?」と誘われました。
場所を聞いてみると、どうも「幻の店」があった場所の近くのようで、「行く行く!」と喜び勇んで向かった店は、店構えも、店の広さも記憶にあるものとは全く違い、さらに、とても礼儀正しい韓国人の男性のマスターが経営していました。

食いしん坊だけど人見知りの私は、マスターに、

「ひょっとしてお母さんとお姉さん(もしくは妹さん)が近くで店をやっていたりしなかったか」

と、どうしても聞くことができず、「幻の店」の謎は現在も謎のままです。


☆


とはいえ、このマスターの店が、今回「Supernatural」な忘年会の会場となった、「韓国料理店」の前身となる店なのですが、ここのお料理もとっても美味しいのです!

私が特に好きだったのは、大き目のさいの目に切った冷奴の隣に熱々の豚キムチが盛り付けられている「豚キムチ豆腐」(そのままですね(笑))。
熱々で辛~い豚キムチを冷たくてクリーミーなお豆腐に乗っけて食べると、これがなんとも言えず美味しくて!
他にもサムギョプサル、チャプチェ、トッポッギなど、どれも美味しくて、それからしばらくの間頻繁に通っていました。
ちゃんとした石の器で石焼ビビンバを食べたのもこのお店が最初です。

その後、韓国料理や韓流ドラマがメジャーになったせいか、このお店は予約なしでは入れないほどの人気となり、数年後には、少し離れた場所に大きな駐車場付のお店を構えて、メニューもかなり居酒屋っぽく改良されました。

残念なのは、私の一番のお気に入りだった「豚キムチ豆腐」がメニューから消えてしまったことですが、その他の料理は今も変わらぬ美味しさです。

今回、お兄さんが 「とにかく今日はなんでも好きなものを好きなだけ頼むこと!」 と強く宣言してくれたため、本当に遠慮無しに手当たり次第という感じでお料理を頼んでしまったのですが、

お兄さんのお薦めで「ケジャン」というものを今回初めて食べました。

ご存知の通り、半分に割った生のカニを(甘)辛い味噌?調味料?につけたものですが、これはもう手づかみでしゃぶりつくしかなくて、女の子は合コンなどではとても手を出せない一品ですよね。

今回は女ばっかりの家族に、親戚のお兄さん一人ということで、口の周りも指も真っ赤にして挑戦しました。
これはビールがどこまでもすすんでしまう、危険なおつまみです。(笑)


☆


はっ、気付けばちっともSupernaturalな話に触れてませんが、忘年会の本題に入る前に、またちょっと寄り道…。

お兄さんのところにお手伝いに行っている妹から、これまで時折ふと思い出したように、細かな不思議な話を聞いていたのですが、

妹がお兄さんから聞かされた話で、中でも印象に残っていたのは、我が家で17年飼っていた愛犬(柴のミックス、メス)のこと。

この犬は我が家で飼った最初で最後の犬で、家族の中ではまさに4番目の娘のような存在で、亡き父を筆頭に、家族全員で可愛がってきましたが、ちょうど子犬の時、一番暇な学生だった私は、とにかく可愛くて可愛くて我が娘のように育てたものでした。

この犬が死んだのは、私が家を出てしまってからのことで、私としては最後の最後、老衰でヨボヨボになってからそばにいてやれなかったことを心の底でずっと寂しく思っていたのです。

ところがある日、お兄さんは妹に突然、

「茶色と白のまだらの犬が見えるんだけど。その犬が、楽しかったー!って言ってるよ。生きてる間、ずっと楽しい思い出しかないって。本当に辛いことがなんにもない一生だったみたいだ」

って言ったっていうのです。

それを聞いた途端、なんだかほっとして、突然涙が出てきました。(今タイプしていてもまた涙が…(笑))

ちなみにお兄さんは、別に死んだ犬じゃなくても、時々犬の言葉がわかったりするそうで、散歩中の犬と目が合って、「いいでしょ?散歩してるの」なんて自慢されたりすることもあるのだとか。

韓国料理店でお兄さんに初めて会った私は、思わず、ウチの犬の言葉を聞けたのが一番嬉しかった、とお礼を言ったところ、

「体調によって、全然見えないこともあって、11月はほとんど見えない状態が続いてるから、今日も何にも見えないかもしれない…」

と申し訳なさそうにお兄さん。

隠れ腐女子なんかをやっていて、後ろ暗いところのある私は、色々なものが見えてしまうお兄さんに会うのにはかなり抵抗があって、正直いって、忘年会にも参加したくなかったくらいなのですが、何も見えないでいてくれるなら気が楽!と、ちょっと気楽な気分になって、忘年会がはじまりました。


でも、お酒が入ってすっかりくつろいだお兄さん、あきらかにどんどん色んなものが見えてきてしまったのです。とほほ。


***


やっとここから忘年会というところなのですが、食いしん坊の話題で脇道にそれすぎて、すっかり長くなってしまったので、一端ここで休憩します。

一端休憩して、必ず次回、忘年会の模様を日記に書きたいと思っていますが、

お兄さんの他に、唯一お酒を飲んでいた存在だった私は、その場の楽しさに、ついついお酒がすすんで…、実は記憶もなんだかまぜこぜになってしまっておりまして、

さらに、この日記も、お兄さんに見えてたらどうしよう…、とちょっと心配もありますが、

今見えてるなら、忘年会の席で全部見えてただろうし、開き直って、次回、驚くべきSupernaturalな忘年会の模様を少しだけ、また書きたいと思います。

ここまで読んでくれた方、思わせぶりな前フリばかりが長くなって、結局本題に入れず申し訳ありません。

2007年8月29日水曜日

私の周りの「Supernatural」

私、晴れ女なのではないか、と思うんです。


もともと外出が好きなほうではなくて、というか、極端な出不精で、一番好きな休日の過ごし方といえば、家で寝転んで読書!!という人間なので、「少ない外出の時に晴れたって、それはたまたまっていうものじゃない?」 と思われるかもしれませんが…。

今日は久々に夫と休みが合わず、一人で電車を乗り継いで通院しなければならないことになっていたのですが、今日の愛知県は、朝起きた時からかなり本気モードの雨降りで、

「一人で通院する日に雨?私の晴れ女説もついに敗れたり、だなー」

なんて憂鬱な気持ちで、時間ぎりぎりまでぐずぐずとSlashを(朝から!)読んだりしていました。

いい加減外出の準備をしなきゃ!と、さっとシャワーを浴びて出てくると、外の雨の音が静かに。

そして外出の身支度が終わる頃には、雲が薄くなって、雨が上がっていました。

とりあえず傘を持たずに出発できる!と気分も軽くなって、一人で病院へと出かけた私でしたが、最近の通例となった本屋めぐりだけはちょこっとしたものの、特別他には寄り道せずとにかく帰りたい…、という気分になって早々に帰ってきました。

すると、家について「ほっ」と一息ついたところで、また窓の外から「サーッ」という雨の音が…。

今はまた雨は止んでいますが、なんとなく私の「晴れ女」説、まだ返上しなくてもいいのかな?

…と、ちょっとだけ不思議な気分を味わっていたお昼過ぎ、この後、まさに

「本物の Supernatural な話」

を聞くことになるとは思いもしませんでした。



***



それは関東の実家の母からかかってきた一本の電話でした。

母は、「9月に入ったらまた名古屋に遊びに行きたい」なんていっていたので、その話だな、と思いつつ電話に出て、案の定、9月の名古屋行きのことについてあれこれおしゃべりした後、

母が、「お母さん、今乗ってる車が調子悪くなってきて、ちょうど車検もくるから買い換えることにした」 って言うのです。

「ふーん」 と気楽に相槌を打っていると母の話がどんどんとんでもないことになっていきました。

今回、母が新しい車を頼んだ車屋さん(三十代の男性)というのは遠縁にあたる人ではあるのですが、近くに住んでいる割に最近までまったく付き合いも無く、ものすごく車の扱い(メンテナンス等)が上手い、という以外はどういう人なのか私達家族は全く知らなかったのです。

新しい車の登録の手続きなんかのため、今日のお昼前、実家を訪れた彼は、庭を通って玄関へと向かおうとした時、

「すいません、ちょっとここ通れないんで…」 と言って立ちすくんでしまったのだそう。

母の話があっちへ飛んだりこっちへ飛んだりで、私の頭もうまく整理できないでいるのですが、結論を言ってしまうと、車屋さんのお兄さん、実は、亡くなった私の父に「通せんぼ」されて玄関へ行けなかった、というのです。

ええ?!どういうこと??そう思いますよね?!

つまり、私の母のお姉さんの旦那さんの妹の子供であるその車屋さんのお兄さん、まさに 「Supernatural」 なものが見える人だったのです。
(彼のお母さんも、実はものすごく強いそういう力を持っているのだそうで、そういえばそれは前に聞いたことがありました)

母の話に驚愕して、お兄さんがどんな容姿をしているのか聞き忘れましたが、「サイキックで、車いじりがうまい」なんて、Winchester兄弟を合わせたみたいですよね。

くどいようですが、多くの中高年の女性の例にもれず、母の話がかなり支離滅裂なので、順番は入れ違っているかもしれませんが、私が電話で聞いた話を出来る限り整理すると:

結局玄関を諦め、庭からじかに居間に上がって話を始めたお兄さんは、

そもそもお兄さんのお店に行って、母が新しく買う車を決めた時、

「お願いします」って言ったのは、父だったっていうのです。

母が父の写真をお兄さんに見せると、

「ああ、この人だ、この人が一緒に来て、お願いしますって言ったんです」って!

で、その父は、今も母の肩のところにいるって…。

さらに「倉庫…、倉庫?…倉庫を見てくれって…倉庫なんてあるんですか?そこに、バイクが2台あるはずだって言ってるんですけど…」

生前の父は、バイクでのツーリングが趣味で、400ccくらいのバイクと、1000ccを超えるド派手なホンダの逆輸入のバイクを所有していて、仕事が休みの度にツーリング仲間と出かけていました。

その2台のバイクを保管していた倉庫は、実家の裏にあるのですが、土地の高さが違うため、初めての人はそこに倉庫があることには大抵気付きません。

父亡き後、母+三人娘という女ばかりとなってしまった我が家で、そんなバイクを管理もできず、父の死後、父のツーリング仲間に二台とも譲ってしまったのです。

母ったら、そのことを仏壇に報告してなかったらしく、父としては、バイクはまだずっと倉庫にあると思っていたみたいなのです。

母がお兄さんに事情を説明すると、すぐに父は理解して様子を見に行って来たようで、

「その譲った方って、ここから見て北側ですか?その人、今はそのバイクに乗ってませんよ」(!)

そして、お兄さんは車の登録関係の手続きだけしてすぐに帰るはずだったのに、

「う~、足がしびれてきた…あー、両足ともだ。この状態だと立てないんで、足が治るまで、もう少しお邪魔してていいですか?」

って!なんと久々に母と積もる話をしたい父が、お兄さんを引き止めるため足を痺れさせたみたいです…。

で、結局、15分ほどで帰るはずだったお兄さんは、3時間近くも足止めされることに!

お兄さんを同時通訳として使えることに喜んだ父が言うには、

母がここ数年庭の手入れや家のメンテナンスばかりにお金をかけているのをみて、

「娘達に何かを残そうなんて考えなくていいんだから、もっと自分のためにお金を使え」って言ってますよ。

「特に、風呂場は、まだ直さなくてもよかったんじゃないか?」なんていってますけど。この家に入った途端、水、水周りが、なんて言ってたのはこのことだったんだな。(!!)

私が、愛知県に引っ越してくる直前、実家はお風呂場をリフォームしたところでした。

それを聞いてびっくりした母が、

「お父さんは不満かもしれないけど、お風呂が新しくなって、家族全員すっごく喜んでるんだから許してって言って」とお兄さんに告げると、

お兄さんは、「それを聞いたら(お父さんも)笑ってますけどね。ただ相談して欲しかったって、そういうことみたいですよ」(!!!)

母は、庭の植木の手入れとか、お風呂場のリフォームとか、なにか家庭内での大きな決め事をするときに、仏壇に報告するのを毎度毎度忘れていたみたいです。

『お母さん、お父さんなんかどうせ毎日その辺にいるんだからこういうことも全部分かってると思ってた!これからは何か決めるときは仏壇に相談することにする』とは電話口での母の弁明。

「上の娘さん?…が、あんまり家に顔を出さなくて寂しいみたいです」

「一番上の娘は、今名古屋に住んでて…」(←もちろん私のことです。)

「まだ他に娘さんがいたんですか?」
(ここ数ヶ月、実家の家族達は、車の修理なんかでちょくちょくお兄さんのお世話になるようになっていたものの、お兄さん、私の存在は、知らなかったんですね)

実は愛知県への引越しの前にもですが、この前二日間だけ実家に帰った時も、母や妹とあちこち遊びまわるのが忙しくて、私、「愛知県に行きます」とか「愛知県にいます」とか、仏壇にちゃんと報告していなかったのです。

このお盆にも帰省しなかったし…。

とんと実家に姿を見せなくなった長女のことを父なりに心配していたのですね!

母じゃないけど、「お父さん!私、そんなことわかってると思ってた」です。

秋に関東に帰ったら、なにかお供え物を持ってお線香を上げにいかなければ、と思います。

ていうか、お兄さんを通じて、私が「名古屋地区」にいると分かって、お父さんったら今まさに様子を見に来てるかも…。

今日の日記をタイプしている間、断続的に、さわーっと鳥肌が立つのはひょっとして。。。

それから上の妹のダメ男だった元彼の話とか…。(父が亡くなる直前のことなので印象が強かったのか)『(そのお兄さんたら)そんなことまでわかっちゃうんだから!』と母。

父と、庭にあるお稲荷さんが、タッグを組んでかなり強力に家を守っているということで、北関東の田舎町とはいえ、「鍵をかけなくても、泥棒が入らない」 くらいの家になってます、とか。

そしてお兄さんがいる間中、「ラップ音」が盛大に鳴ってた、とか。

妙に暗くなってた仏壇の明かりが、ふっと明るくなった途端、痺れてたお兄さんの足が治って、「あ、もう帰ってもいいってことかな?」とか。


母と電話で、そんな不思議なことを話している間中、ほとんど気楽に笑ってばかりだったのにも関わらず、なぜかずっとポロポロ涙がこぼれてきて、それも不思議な体験でした。

………「Supernatural」って、「Supernatural」な世界とこの世界との接点って、こんな風にあっけなく目にしたり、耳にしたりするものなのですね。

愛知県に引っ越してきて以来、Psychic(霊能者)、とか、Medium(霊媒)、なんて言葉に妙に慣れ親しんだここ一年弱でしたが、10年以上も前に亡くなった父の現在の声(言葉)をこんな風に聞くことがあるなんて、全く思いもしませんでした。



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ほとんど毎回 「Supernatural」 に関係する日記を書いている私とはいえ、今日は、予想外にとんでもない 「Supernatural」 な内容になってしまったので、ひょっとして皆さんに怖い思いをさせてしまったかも、と思うので、最後はいつもの調子に戻して:


「Slash読みに役立つ用語」です。


一応前回の予告のとおり、今回は「身につけるもの」の名前をほんのちょっとだけ。


日本語にも随分カタカナ名前の服飾品が入ってきていますが、カタカナ語の多くは、英語としてはそのままでは通じなかったり、違うものを指してしまう、という場合が多く見られます。

日本語では、ずっと「下着」のことを意味する時代の長かった「Pants」はここ数年、日本語でも本来の意味である「ズボン」をも意味するようになってきましたよね。
学生時代の英語の授業では「ズボン」と言えば「Trousers」であると習った記憶がありますけれども、米語では、もうほとんど「Pants」です。

「Slacks」(スラックス)もたまに見かけますが、スーツのズボンのことを現したりする日本語の感覚よりは、普段着のズボンに近いものを指す場合が多いようです。

最近読んだカウボーイ時代のSPN-Harlequin Slash では、「Breeches」(乗馬用ズボン)なんていうものも出てきました。

サムがよく着ていることで有名な、そしてファーストシーズンのエピソード「Faith」では身体の弱ったディーンが珍しく着て可愛い姿を見せていた「Hoodie」は、日本語ではパーカーと呼ぶのが普通です。

日本語で「トレーナー」と呼んでいるのは「Sweatshirt」。
日本語では「スウェットスーツ」で、トレーナー生地の上下を指すことが多いのでしょうか?

「タンクトップ」は、英語でも 「Tank top」 と呼ぶことも多いですが、Slash小説なんかの中では、圧倒的に 「Wifebeater」 という物騒な名前の方が優勢です。
(これはロバート・デニーロなどが演じたイタリアンマフィアの男達がこの袖なしのシャツを着て、奥さんを殴っていたシーンがあったとかで、そう呼ばれるようになったとか。…ううぅぅ、これも以前にどこかで詳細を読んだことがあるのに、今見つけられません。デニーロじゃなかったらごめんなさい!)

「Wifebeater」 を着たジャレッドの胸、肩、二の腕の筋肉の様子などを詳細に描写しているSlashを読むと間違いなく涎が止まらなくなりますが、Slash内で 「Wifebeater」 の似合う男と言えば、実はChris Kaneが一位かもしれません。
(オクラホマ育ちとはいえ、プロフィール上はジェンセンと同じダラス出身ということになっているクリスは、Slash内ではJ2以上にカウボーイかぶれとして描かれることが多く、しょっちゅう「Wifebeater」を着ていることになっています。)

ジャレッドがプライベートでしばしば履いているのが目撃される、(先日髭を生やしてジェンセンによじ昇ろうとしていた時も履いていましたよね)「ビーサン」「サンダル」は、「Flip-flops」です。

「Beach sandals」でも、通じないことはないのでしょうが、やっぱり Flip-flops の方が一般的です。
(ジャレッド、ぺったんこのFlip-flopsばかり履いているのは、少しでも背を低く見せたいという心の現われなのでしょうか…。反面、ジェンセンはファンの前に現れる時には、かなりの頻度で踵の高いブーツを履いていたりして…。ジャレッドのおかげでいらないコンプレックスを植えつけられてしまったの?なんて疑いたくなることも)

ちなみに上の髭ジャレッドが被っていた「縁なし帽」は「Beanie」ですね。

そして、最後に一つ面白いのが:

「Jumper」という単語。

Harry Potterで、ロンのママが毎年クリスマスプレゼントとしてハリーの分まで送ってくれる手編みの「Jumper」のことを日本人の私は、「手編み?でも、ジャンパーなんだから、カーディガンみたいなものってことかな…」と思っていたのですが、映画を見てそれが「Sweater」(セーター)だったことを知りました。

これがアメリカ人の認識では、「Jumper」といえば「ジャンパースカート」で、完全に女の子の着る物ということになって、

私が読んだSlash(多分普通のペーパーバックの小説ではなかったと…)の中で、「Harry Potter」を読んだ登場人物が 「ハリーが女の子の服を着るの?」 なんてびっくりすると「イギリスのJumperって、Sweater のことだよ」なんて説明されるシーンが出てきたのを読んだことがあって、面白い!と思ったことがあります。

日本語の「ジャンパー」は、一応、上半身に上着として着るという点で、イギリスより、ということなのでしょうか?(他に何かちゃんとした由来があるのかもしれませんが、もう調べられません)

まだまだ他にも取り上げたいものがあったような気がするのですが、雨の合間をぬっての通院と、「Supernatural」 な母からの電話で消耗したせいか、集中力が続きません。

ということで今日はこの辺で。